苅萱関跡

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ひとりごと
案内
古来、歌枕として知られ、伝説の「苅萱道心と石童丸」ゆかりの地として有名です。
ただ古くからあったといわれる関所としての様子は、現在のところ良くわかっていません。
確かな史料としては、室町時代、苅萱関で通行料を徴収していたことを示す文書があり、また、この関を通った連歌師宗祇は「かるかやの関にかかる程に関守立ち出でて我が行く末をあやしげに見るもおそろし」と書き残しています。
説経「かるかや」、浄瑠璃「苅萱桑門(どうしん)筑紫いえずと」宗輔
新古今和歌集:巻第18雑歌下所
刈かやの 関守にのみ 見えつるは 人もゆるさぬ 道べなりけり 菅家
筑紫道行より
数ならぬ 身をもいかにとも 事問はじ いかなる名をか かるかやの関 宗祇
一の鳥居
幕末、福岡藩主黒田長ひろが寄進したもの。
元禄年間の道標もある。
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コミュニティバスまほろば号
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都府楼前駅から徒歩5分。
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